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流行り

有線で某大手グループ系列の曲がばんばん流されていた。

なんとかはなんとかの弟分、なんとかはその弟分、などといった立ち位置らしい。

 

時代は刻一刻と変わり音楽の流行も変わってきた。昔々は長髪で頭を振ってなんぼの時代もあった。

 

しかし、個人的にはしばらくはまだ某大手グループ系列の台頭が続くのだろうと思う。

 

まず、その音楽の先を行く新しい音楽が今のところ日本では主流に出ていない。

それがなければ今の流行は続くだろう。

 

確かに某大手グループ系列の2人ボーカルのうちの1人は近いうちに脱退するだろうし、もう1人に対しては世間的に二番煎じで歌の評価は低いようなので新たに何か変えるほどの価値もないだろう。

 

問題は今彼らがメインで押し出してる別グループが終わりを迎えた時、だろう。

 

いくら歌や音楽が批判されようが、犯罪まがいのような世間的に人気や信頼を絶対的に失墜するようなことが起きない限り、

 

彼らには広告につぎ込む資金も、新しい人材を獲得、育成する資金も十分にある。

広告を大々的に打ち出して十分に実力のある人材でメディアや都心を席巻してさえいれば、そこから大多数の若者その他大衆を染め上げることが出来る。

 

大衆自身は不満があっても、それを行動に起こして何かを変えることは出来ない。

これは日本人の特徴だと思う。

 

変わるものがあれば、またそれにすがって同じことを繰り返す。それが日本人だ、と思う。

 

 

もっとも、超個人的な意見を言うと、

 

 

みんなおんなじで何の価値があるのか、

だか。

現実

彼女ができていざ性行為しようとしたけど、裸を見てもあまり欲情しなかった。女性の身体によるだろうけど、そういうことは今の世の中珍しくはないのでは、と思う。

特にマンガやアニメが好きなひとは、実際のものを見て少し気持ちが乗らない、ってことはありそう。

気づかぬうちに重ねてしまうところがあるのだろうか。

 

それだから、頑張って欲情しようといろんな女性を見て参考にしよう、と思って、気がついたら、彼女ではあまり満足できなくなっていて、いつしかいい身体を求めてしまっていた。もともとそんな求めることなかったのに、

 

と、最近思う。

 

もともと欲しかったのかな、と。

裏切られた

某大物俳優の不倫騒動で以前同じ不倫騒動の人と待遇が甘いという話を聞いた。

 

まず、なぜ不倫がダメなのか、ひどいと言われるのか、ここから整理したい。

配偶者に対しての裏切り、もしくは子供に対しての悪影響、周囲の関係悪化、などいろいろ…

 

そんな人だと思わなかった、

そう思う人はいるだろう。

 

裏切られた、

これは配偶者が言う場合はなんとなく意味を察する。

しかし、芸能人に対して裏切られた、

は、その人に対してのいいイメージが崩れた、ってことだろう。

そんなことするはずないと思ってたのに。

 

イメージを持つことはある意味で押し付けだ。

芸能人が、そもそも私はそんなあなた方の持つイメージとは違う、って言えばあとは好きにどうぞ、だがそんなことはあり得ない。

だからいつまでたっても本当のことはわからない。

 

芸能人だから至極かっこよくて理想的で真面目で人間的によくできた、って勝手にイメージするのは押し付けだと。自分勝手だと。

 

どんなに崇高と言われていようが、人間には表顔と裏顔があることくらい、わかる。

不倫するくらいの性欲強めの至って普通の人間なんだと思った。

 

特に、男性というものは、人によって本能と理性の強さ、バランスがまちまちで、それが性犯罪を繰り返すものから、不倫、浮気を繰り返すもの、不倫、浮気などできないけどお金で解決するもの、妻さえいれば満足のもの、そして、全く興味がないもの、などいろいろ。

 

個々人の持つ性欲の強さはまちまちだし、それをコントロールする理性の強さもまちまち。

 

理解できない、または裏切られた、と思うのは、男性というものは愛などなくても性行為する、という基本的な事実から目を背けたい、そう思うからではないか。

 

それは都合がよいのか、それとも、なんなのかは、わからない。

 

 

人は悲しさ、虚しさなどを感じ続けると、涙は出なくなる。悲しい、虚しいは日常であり、普通になる。

求める不幸

あまり求め過ぎてはいけないよ。

 

求めてしまったものが手に入らなかった時に人は不幸者とみずからを罵る。

 

不幸から逃げ出すための一番いい方向は、忘れてしまうこと。

 

忘れたければ、脇目も触れず前だけ見て何かに没頭し走っていけばいい。

そうすれば不幸は消えて無くなってしあわせになる。

 

かわいい、という言葉

自分は、自分がされて嫌なことは相手にもしない、もし自分が相手と同じ立場だったら、ということをいつの間にか教えられた。

 

だから、いちいち外見の印象で人を傷つける言葉は言ってはいけない、と思っていたが、世の中はそんな人ばかりではなかった。何も言われのない人に対して平気でブサイク、ブス、デブ、などと人は言う。

そんな友達も中にはいたけど、やっぱりそこだけは同意しかねた。

 

同時にかわいい、という言葉を発するのにも抵抗を覚えた。なぜか、かわいい、を肯定すると、ブサイク、ブス、デブという言葉を発している自分を肯定している気がした。

 

人を外見でいい悪い言うのは差別だ、

と。

 

そうして年月が経ち、いつしかかわいい、なんて言葉をを伝えてる自分がいた。

 

それは只々、相手の機嫌を取るためのツールでしかないのだが。

 

ごはんを食べたら太ってしまう人間

自分が男であまり太らないタイプだからなのかもしれないけれど、世の女性の中にはお米を食べたら太ってしまうから少なめ、若しくは食べない、という方が多いと思う。

 

でももともとそんなにお米って女性に必要ないものだったのだろうか。

むしろ本来なら普通に食べていればいいのに、太ってしまうという理由で食べなくなってしまう。

 

いいわるいで考えれば食べた方が健康的だと思うが、結局いわゆる、太ってない身体を今社会的に求められているから、結果食べない方向にいってしまってるのだろうか。

 

悪い良い方をすると、食べないのはおかしいと。

しかしながら社会的に女性として生きていく上で、その選択をいつの間にか迫られてしまっているのか、と。

 

女性とは求められることを男性よりも重視しなければいけない傾向にあるんだろうか。

 

明らかに寒そうな服装、明らかに不安定な靴、

 

男、がそういう女がいいって言うから!って文句を言われそうな気もする。

 

中には男性目線でそう思わないようなファッションも見受けるので一概にとは言えないが…